―――   石田×織姫  著者:笹葉様   ―――



どちらかといえば、マイナーな部である。
学年成績トップクラスの人間が二人揃っており、更にその二人が部にかなり
貢献するほどの実力と容姿の持ち主だとしても、やはり名称が「手芸部」では
そのマイナーさは拭えない。
更には兼部も容認しているため、通常はよっぽど暇な人間しか集まることはない。
手芸部とはそういう部である。そして現在も部室の中は相当な過疎化である。
何しろ今は「彼」と「彼女」の二人だけなのだから。

人が集まってもそれぞれが縫い物をするだけなのだから、一人でも大勢でも
やることは変わらない。ならば、一人のほうが楽だ。そんなことを「彼」
の方は常々考える。
彼――石田雨竜はチクチクと小刻みに針を布に行き交わしていく。縫っている
のは自分のシャツ。手直しをしているだけなので部活動とは微妙に言い難い。
自宅でやっても済むことだが、なんとなく今、教室の中でやっている。
しかも通常の半分以下のスピードで。
手持ち無沙汰なのだ。
帰ればいいのに帰りにくい。一人のほうが楽なのに、一人でない所為である。
石田が帰るに帰れない原因が、イスに身体を預けて気持ち良さそうに
熟睡しているからだった。
「彼女」の名は井上織姫。石田と学年の首位を争うもう一人の手芸部員である。

クラスメートで部活も同じだが大して親しく話はしない。話すときは殆どが
織姫が石田に話しかけ、石田がちょっと戸惑いながら事務的に応じる。
その程度の仲である。別に織姫が苦手なわけではなく、誰に対してもそういう
態度になってしまう。石田はそういう不器用な人間なのだ。
そのくせ、今日のこの時間にはこうして身動きを取れずにいる。さっさと
織姫を起こすか、あるいは放って早く帰ればいいものを、寝ているのを起こすのも、
眠っている人間を一人残して帰るのもなんとなく後ろめたく、やらなくても
良い縫い物をさくさくと教室でやって時間を潰してしまう。
器用な手先の割りに、やはり不器用なのである。

織姫は、石田のそんな状態など夢にも思わず無邪気に「んん‥」と寝息を
漏らした。首を傾がせ、さら、とやわらかそうな栗色の髪の束が揺れる。
手直しのシャツはもう数針入れれば終わってしまう。石田は手を休めて
はぁ、と一息漏らして織姫を見つめた。
眠り姫はまさに爆睡といった感じである。目を覚ます気配はまるで感じられない。
自分に屈託無く話しかける人間は、クラスの中にはさほど多いわけではない。
そういう意味で石田はその数少ない人物である織姫のことを少々気に掛けてはいた。
それは恋というほどのものではない。ただ少しだけ、気になるというだけの話だが。
だがこう無防備に寝られてしまうと、何とも妙な気分になってくる。いや、何か
やりにくいというか。
別に何するわけでもないんだが。

石田が頭の片隅でそんなことを考えていると、織姫がくすくすと笑った。
ドキッとする。
自分が笑われたような気持ちになる。自意識過剰だ。そんな自分が少し厭に
なりながら、石田は眼鏡をすっと上げて前髪を無駄に整えて織姫を見直す。
相変わらず、寝息のペースは変わらない。

「ぅう‥ん、だから‥そうだよぉ‥」
寝ぼけた声を織姫はあげる。その寝顔は幸せそのもの、といった顔だ。
何の夢を見ているんだろう。石田は少し気になる。
「だから‥ゴンザレスジムには‥救世主が現れたんだ‥って‥」
‥本当に何の夢を見ているんだ。石田は大いに気になる。
「本当だよ、本当なんだって‥こーんなおっきな‥むにゃんにゃん‥」
織姫がそう寝ぼけて両手を広げた瞬間。
ブチブチブチッ‥!
「!!」
その音と共に織姫のシャツの胸元が左右に大きく広がり、小さなボタンが
数個弾け飛んでしまった。

石田は口と目を大きく見開いて固まる。
普段から、シャツは織姫の豊満な胸を押さえつけるのに苦労していたようで、
ボタンとボタンの隙間から少し肌色が覗けていた。石田は織姫と話すたびに
目線を胸元に合わせないように注意を払っていたものであった。
が、今はそれどころではない。胸元は見事にはだけて白いブラジャーと
その中央にある薄水色のレースとリボンの飾りも見えているし、大きな胸の
深い谷間も露になっている。谷間を作っている二つのふくらみは、石田が
思っていたよりもずっと大きく生々しく、織姫の呼吸に合わせて上下している。
石田はごく、と息を飲み込み、部室の扉をはっと見て、慌てて鍵を掛けた。
誰かに入ってこられたらまずい。井上さんと、僕の名誉の為に。

そう言い聞かせて余分な考えを奥へと仕舞い込む。感情を押し殺すのは苦手ではない。
‥起こした方がいいだろうか。扉に背を預け織姫を見て考える。だが状況をどう
説明すればいいのだろう。冷静に対応した方がいいのだろうか。
脳内シュミレーションをしてみる。
「石田くん、一体何があったの?」
「井上さんの胸が大きすぎて、腕を伸ばした拍子にボタンがとんでしまった
みたいだよ。」
デリカシー皆無だ。彼女は恥ずかしくて居た堪れなくなるんじゃないだろうか。
自分も恥ずかしくて居た堪れなくなるだろう。別の言葉を必死で考える。
「なんか、ボタン取れちゃったみたいだよ‥」
‥微妙な気がする。さっきと大して変わらないような気もする。元々言い訳とかは
どうしようも無いくらい苦手なのである。
帰ってしまうことも一瞬だけ考えたが、他の人間が部室の扉を開けたらと思うと
やはりそれはできない。
かといって、この状況で織姫に目を覚まされるのも最悪だ。何もしていなくても、
説明して織姫が信じてくれても、自分の気分が晴れることはない。
やましい気分を一瞬でも持てば尚更に。
そうこうしている内に、石田は脳をフル回転させて、ついに一つの答えに
たどり着いた。だが、
‥マズイだろうな‥。そう思いながらまた悩み、しばらく逡巡する。
そしてちらり、と彼女の様子を見る。織姫は、いまだに目を覚ますことなく、
すやすやと夢の中をさまよっているようである。

漸く石田は、意を決した。あっという間に自分の残りの縫い物を終わらせて、
ソーイングセットの中からシュルッと白い糸を取り出した。手間取ることなく
器用に細い糸を小さな針に通し、唇に咥える。そして、飛び散ったボタンを拾い、
織姫に近づいた。

井上さん‥頼むから起きないでくれよ‥。
両手で織姫のシャツに、そっ‥と触れ、ゆっくりと中央に引っ張る。図らずも
両の親指が、織姫の白い胸にすこし触れてしまった。
ふに、という感触が親指の先を包む。心臓はガンガン鐘を打ってめちゃくちゃ早い。
指が痺れたように動かなくなってしまった。まるで白い胸にそのまま吸い付いて
しまったかのようで、石田は焦る。手の平にじっとりと汗をかいているのが
感じられる。石田はすう、と息を吸い込んで、シャツを織姫の中央に近づけて
いった。生地に引っ張られて織姫の谷間がより強調されている。
石田はそれを見ないように、だが目の片隅にしっかりと認識しながら、ボタン穴の
位置を確かめた。

手の平の中でしっとりとなった織姫のシャツのボタンを、彼女のシャツの胸に
あてがい、静かにそして器用に縫い付けていく。指が震えるが大丈夫だ。
ボタンをつけるまでなら大丈夫だ。
いつもの数倍もの時間をかけてしまったが、石田は漸くボタンをひとつ縫い
付けることに成功した。
これを切れば残り二つ‥。だが、そこで石田はまたも硬直する。
糸切り鋏がない。
普段の縫い物の時などは、糸などさっさと歯で噛み切ってしまう。
頼まれ物の縫いつけの時だけ、他人の物なので鋏を使うが、それは本格的な
ソーイングセットの中で、教室の机の中だ。仮にもここは手芸部、糸切り鋏の
ひとつやふたつ、と思ってあたりを見回したが、あるのは上級生たちのバットや
ボクシングのバンテージ、ゲームの数々ばかりである。何が部室だ。物置じゃないか。
石田は心の中で先輩たちを罵倒したあと、暫く躊躇する。
だが、方法はない。そっと織姫の胸元に唇を近づける。ボタンに歯を立てようと
するが、その前に織姫のたわわな胸が眼中に入り、ぎし、と動きが止まる。
寝息で上下する胸は石田の顔よりも大きく感じられ、触れたら肌が蕩けそうな程に
やわらかそうに石田を誘う。織姫の肌の匂いが石田を一層惑わす。
下半身に窮屈さを感じた。
勃起している。

自分の身体の単純さに舌打ちしたくなる。だが、その目は織姫の乳房から
剥がす事ができない。
至近距離、やわらかそうなふくらみ、息を吸う度に石田に胸が近づく。
もうどうしようもない。
石田はそっと‥鼻先をシャツの中に触れさせてみた。
親指と同じ、やわらかい、でも少し熱のこもった絹の手触りのような感覚。
ブラジャーと肌の境界線をそのまま鼻先でなぞると、ブラジャーが少しずれて
桃色の乳輪がほんの少し姿を覗かせた。
ドクンと心臓が跳ねた。
石田はそのまま舌を伸ばす。乳房の中央にすこしだけ舌が触れる。肌で触れる
よりもずっと、ずっと柔らかく感じた。自分の下半身が更に成長するのがわかった。
石田は熱に浮かされながら考える。
もう少し舌を下方に動かしていったら‥。深い谷間にこの舌を這わせて
ねじ込ませていったら。
乳房の中心の桃色のふくらみに自分の熱い、湿ったものが触れたら。
いっそ唇でそれを塞いでしまったら。
自分の唇が彼女の乳首を犯して吸い上げ、熱い舌でその中で弄ったりしたら。
彼女は、彼女の身体はどう反応するんだろう‥

‥っていうか、反応しちゃ駄目だろ!
石田は瞬時に我にかえり、歯でシャツのボタンの糸をちぎり、残り二つのボタンも
神業の如き速さで縫い付けた。ハァ‥と荒い息を漏らし、乳首に触れる事を止めた
唇をぐい、と自分の袖で拭う。
下半身がじんじんとするのを強く感じながら、石田は織姫の胸元に再び手を掛ける。
ボタンをとめてあげなければ‥そう思うと同時にシャツを開いてさっきの感触を
もう一度味わいたい‥そんな衝動が石田の下の方から昇っていく。
理性と本能が火花を散らし、その火花は石田の身体を熱く火照らせていく。
理性が力を失いそうになる。
「ぅんん‥」
織姫が寝息を立て、石田は一瞬びくりとするが、その声さえもが自分を誘って
いるような、そんな気さえしてしまう。このままじゃ駄目だ。ぎゅっ、と目を瞑り
理性を最大限にさせようと力を振り絞る。
落ち着け、落ち着いてボタンを‥
とめるの‥?はずすの?
耳元に織姫の声が誘う。こんなこと言う訳がないのに。妄想の囁きだと判って
いるのに理性が奪われる。
はずしても‥いいよ。
囁かれる。瞑られた瞳の中にさっきの光景が浮かぶ。中央の桃色までほんの
数センチのあの淫らな景色。
ボタンを外せば、その風景がまた目の前に現れる。白い布きれを二つ剥がすだけで、
彼女の白い乳房は、その中のいやらしいピンクは自分だけの景色となる。
石田は、両手を織姫の胸元に伸ばす。
はずしても‥
「‥ろさきくん‥。」
むにゃ、と織姫が首を動かした。

石田の手が止まった。

織姫のその寝言は、驚くほどに石田の本能をあっという間に落ち着かせてしまった。
心臓は相変わらずドンドンと石田の中を叩き捲くっているが、もう
間違えることはない。そう思った。

石田は、そっと織姫のシャツを手に引き、冷静に、まるで朝着替えたときのように、
自分のボタンを留めるかのように器用にボタンをとめていった。


「‥んにゃ‥?あれ?石田くん‥?」
織姫が半眼をこすりながら石田の姿を認識する。石田はてきぱきと手を
動かしながら、
「よく寝てたね、井上さん。」
と少々の皮肉を込めて伝える。織姫はあれ?ともう一度呟いてあたりを見回す。
日はまだ暮れていないが、どうやらかなり眠っていたようだった。石田の手元には
小山になった新品の雑巾があり、今もその数を増やし続けている。
周りに人がだれもいないのを確認した織姫は、慌てて言った。
「ご、ごめんね!あたしのせいで帰れなかった?」
「いや、別に‥。」
バツが悪そうにそう答える。皮肉を真摯に受け止められると責めてしまって
申し訳ない気分になるが、うまく良い言葉を返せない。石田はやはり不器用な
自分を認識する。尤も、器用な人間なら、あのまま深いところまでいって、
そして戻ってくることが出来るのだろう。
何事も無いように織姫に笑顔を向けたりとか。
それが出来ない自分を少々恨めしく思う。だが、決して間違っていないとも思う。
黒崎との決着もついていない訳だし。彼女が起きてる時に向き合ってくれないと。
そこまで考えてから、別に彼女をどうこう思うわけじゃないけど‥と石田は
慌てて自分に言い訳をした。
「どうしたの?」
織姫が帰り支度をしながら、声を掛ける。石田はいや、別に、といつも通りに
不器用に答えてソーイングセットをしまい、フォローのように帰ろうかと
織姫に声を掛けた。

あれ‥?石田くん、カギ掛けた?」
織姫がノブをガチャガチャ、と動かしながら聞く。
「あっ‥そ‥それは‥」
石田は慌てて言い訳の言葉を思いつくままに織姫にまくし立てた。
相当に不器用で、不恰好な言葉を。
「違うんだ、鍵をかけたのは別にやましいことを考えたからではなくて、
雑巾を縫うのに集中をしたかったからに他ならず、決してキミのボタンが
弾け飛んで胸元がはだけてしまったのを誰かに観られてはならないと
いう理由なんかでは‥(以下略)。」








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